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私たちは現代的なアプローチでメディア事業を展開していきます。私たちが投じるメディアの持つ力を最大化させることによって、様々な産業における課題を解消し、可能性を拡げ、牽引していきます。
私たちは事業から目を背けません。私たちは産業から目を背けません。私たちは事業および産業に関係する人々から目を背けません。そしてそのために必要な技術力を拡大させ、技術の発揮機会を増加させ、技術環境を向上させることからも目を背けません。
私たちは事業を中心に物事を考えます。したがって事業課題の解決に結び付かない行動を是とはしません。しかし直接的な事業課題の解決のみに終始することもまた、私たちが掲げる理念と相反する行為です。
私たちは「技術的負債」というメタファーに向きあっています。このメタファーについては Ward Cunningham による説明 にて端的に説明されています。 「技術的負債」を借り入れることでスピード面での恩恵を受けられるものの、過剰な借り入れは利子の返済に追われる自転車操業を招いてしまうことを一言で表現した素晴らしいメタファーです。
この「技術的負債」を緩慢に膨らませ続けることはもちろんいただけません。いつしか首が回らない状態を生み出し、私たちの事業活動をストップさせてしまいかねないためです。
しかし、だからといって無理に借り入れせずに済ませたり、余力が十二分にあるにも関わらず不必要に「技術的負債」を返済しようとするのも、同様に感心できることではありません。 「技術的負債」を嫌うあまりに事業的な成功を遠ざけたり(あるいは失ったり)、本当の意味での負債を膨らませて事業の破綻を招いてしまっては本末転倒です。「技術的負債」を毒にするのも薬にするのも、結局のところ私たち自身次第なのです。
メタファーとしての「負債」には返済義務がないという特性があります。要するに踏み倒し放題です。これを活かさない手はありません。私たちは何のペナルティもなく負債の溜まりきったコードやプロダクトを放棄してしまうことさえできます。「犠牲的アーキテクチャ」など、こうした特性を織り込んだような戦略も少なからず存在します。 借入、返済、そして踏み倒し……様々な手段を活用しながら、うまく「負債」と付き合っていきましょう。
「新規性のある技術や、『面白い』技術や課題に業務の中で取り組んでいきたい」、「(自分の、あるいは世間一般的な)美学と反する状況を解消したい」——こうしたエゴを強引に正当化するために、「事業課題を見つけるのではなく創作してしまう」ことがあります。
私たちはふとやってしまいがちなこのような行動を支持しません。しかし……この「エゴ」のベースとなる好奇心や問題に対する嗅覚は、変革をもたらすうえで必要不可欠なものであり、大事にするべきものです。
たとえば、こうした衝動を、機が熟すまで温めておくことでスピーディな問題解決に繋げられるかもしれません。または、立ち止まって熟考することで、ともすれば隠れた事業課題を掘り当てることができるかもしれません。 「事業課題を創作する」代わりに、事業課題の解決に結び付いた行動へと昇華させてみましょう。
これはつまり、Donald Ervin Knuth の有名な格言、「早すぎる最適化は諸悪の根源」(premature optimization is the root of all evil) の適用範囲を拡大したものだと捉えていただいても構いません。
Programmers waste enormous amounts of time thinking about, or worrying about, the speed of noncritical parts of their programs, and these attempts at efficiency actually have a strong negative impact when debugging and maintenance are considered. We should forget about small efficiencies, say about 97% of the time: premature optimization is the root of all evil. Yet we should not pass up our opportunities in that critical 3 %. A good programmer will not be lulled into complacency by such reasoning, he will be wise to look carefully at the critical code; but only after that code has been identified.
-- Structured Programming with go to Statements, Donald Ervin Knuth
デジタルな意味であれ、アナログな意味であれ、「システム」というものは諸刃の剣です。 Lighthouse Studio にとっての武器となりうると同時に、 Lighthouse Studio にとっての枷にもなりうるものです。
私たちはこうした「システム」の深き理解者として、組織や事業に対して「システム」を供給し、または改善し、または破壊し、または放棄していくことで、形骸化された「システム」の支配から私たち自身を解き放ちます。
私たち人間は環境に順応し、そして自分が置かれた状況に対して肯定的になりやすい、様々な性質を有しています。その性質は真綿のようにジワジワと私たち自身の首を締め付け、身動きが取れない状態を招いてしまいます。私たちは「システム」によってそうした環境を作り提供する立場なのですから、人一倍そうした人間の陥りがちな落とし穴には敏感になるべきです。雑な要件定義に従った融通の利かないシステムを押しつけるなどもってのほかです。早期に作り込み過ぎない、いきなりシステム化を試みない、不満の声が上がらずとも、人が順応している「環境」を常に疑い続ける、などの意識を持つべきです。
ウェブ検索流入に大きく依存している私たちのビジネスは、外部環境の変化を受けやすいものです。これまで順調だったビジネスが、プラットフォーム側の心変わりやオーバーフィッティングなどのミスによって、急に天国から地獄に突き落とされてしまうことも珍しいことではありません。しかし私たちはこうした外部環境の変化に対して鈍感になりがちで、環境の変化に目を向けず、内部で立てた「方針」(これも私たちを縛り付ける、一種の「システム」といえます)を固持してしまいそうになります。
変化するのは外部環境だけではありません。私たち自身の内部環境も絶えず変化しています。たとえば注力するべき領域の変化、メンバーの増減など、枚挙に暇がありません。このように環境は絶えず変化している一方で、「システム」は自然に変化したりしません。にも関わらず、以前の環境を前提としてもたらされた「システム」に固執し、無理矢理に環境を合わせにいくのは愚の骨頂です。
私たちにとってリスクとは対価であり道標です。私たちが日々直面するリスクというものは、行動し続け、決断し続け、前に進み続けている証であると考えます。
ですから私たちはリスクに対して背を向けません。リスクに怯え、私たちがとるべき行動をとらずに済ませることはありません。もちろん私たちはリスクに対して目を瞑りません。リスクを軽視し、やぶれかぶれで特攻することはありません。
行動経済学による画期的な成果のひとつに「プロスペクト理論」があります。これは端的に言えば私たち人間は損失に対する影響を大きく捉えがちであるとともに、確率を確率通りに認識することが困難で、故に損失に繋がる結果を回避するための行動を取りやすいというものです。リスクとはある事象の影響の大小と発生確率の組み合わせですから、私たち人間のこうした性質は、リスクを過度に高く見積もりやすいという結果に繋がりやすくなります。
リスクが利益に比べてはるかに高くつくならば、回避するという選択肢をとること自体はさほどおかしな話ではありません。問題なのは、リスク認識に関する既知のバグを 25 万年前から有している、人間という時代遅れのハードウェアが、直感の赴くままに導き出したリスク値に応じた行動をとってしまうことです。 しかし、このリスク認識に関するバグに対し、ハードウェア面での根本的な改修をおこなうことは、少なくとも現代の科学技術においては難しそうです。
そこで、ソフトウェア的な軽減策を導入し、この既知のバグによる影響を回避することをお勧めします。具体的には、頭の中でリスク算出式を構築し、リスクを数値として理解することです。ここで構築するリスク算出式の正確性はあまり重要ではなく、適当なフェルミ推定で充分です。重要なのは、ハードウェアのバグの影響を受けやすい人間の直感という要素を判断材料からできるだけ減らすことにあります。
私たちは日々判断を迫られています。利益やコストなどと同様、リスクはそうした判断の根拠のひとつとなるものです。
ところが、リスクを明確にしないまま、あたかもリスクがないかのように行動してしまうことがあります。しかしリスクが不知であることと、リスクが 0 であることは、仮にもエンジニアであるならば区別しておかねばなりません。
リスクをひとつひとつ明らかにするということは、一見すると後ろ向きに思えるかもしれません。ですが、たとえば算出したリスクが小さいならば、勇気を持って行動できます。算出したリスクが大きいならば、そのリターン次第では別なアプローチも検討するひとつの機会となります。 算出しようがない? やってみなければわからない? それならば、計測するための最低限の行動を計画し、実行し、検証すればよいのです。
リスクを見定めることは何かを諦めたり否定することではありません。より自信を持って前に進むための武器なのです。